7月半ばの暑い盛り、習い事の会に参加した私は、机の移動の際、ちょっと下を見ようとしたとき、右足の踵が前に滑り、体のバランスを崩した。腰を打ちそうになったので、咄嗟に左手を後ろにつく。お陰で腰や頭は打たなくて済んだが、左手がいつもと違う。逆側に反っている感じがするし、時間が経つうちにどんどん腫れてくる。

 当日は日曜日だったため、救急で受け入れてくれるところを問い合わせて、行徳総合病院を紹介してもらう。レントゲン撮影を待っているときに、看護師さんに「指輪はしていませんよね。」と言われてあわてた。こういう状況になったら、すぐに指輪を外さなければならない。やってみたが抜けない。看護師さんがコットンに石けん水を含ませてきて、根気よく、もうかなり腫れた薬指から、指輪を外してくれる。もし取れない場合は、食い込んでしまって血液が流れなくなるので、指輪を切らなければならないのだ。こんな経験はもうしたくないけれど、一つ勉強になる。

 レントゲンの結果、腕の太い方の骨が折れていた。ちょっと手をついたくらいでも、やはり骨折だったかと、がっかりする。この日は、「骨を戻すので、少し我慢してください。」と先生に言われ、一瞬、痛かったが骨を戻してもらって、板で固定して帰る。三角巾姿を鏡で見て、何でこんなことになったのかと悔やむ。でも、やってしまったことは仕方がない。怪我をしようと思ってする者はいない。このまま固定して我慢すれば治ると思っていた。

 しかし、2日後、何枚もレントゲンを撮り、手の整形の先生に見ていただいた結果、「太い骨も折れているが手首の骨にもひびが入っていて、よろしくない状態で、手術が必要だ。」と言われる。板だけでは動いてしまうと大変だからと、石膏の付いた包帯を巻いて、ギブスをする。手術については2週間以内にしないと、骨が固まってしまう。

ああ、思っていたこととはどんどん違って、大怪我になってしまったという現実を受け入れられない自分がいる。だが、紹介状を書いてもらい、次の日に順天堂大学付属浦安病院で診察と検査を受け、8日後に手術が決まる。こうなると、もう気持ちは前に向いた。

 この骨折で、初めて左手が使えない生活を経験する。利き手ではあったが、右手だけしか使えないということが、いかに大変なのか、そして当たり前にできていたことが、当たり前にできないもどかしさを感じる。

たとえば、洗濯物を干す。いつも左手で支えているから、スムーズに干すことができる。包丁も左手で押さえるから、切れるのだ。意識していなかったが、左手の添える手の重要さ、ありがたさが身にしみた。

でも同時に、できないから、工夫することの楽しさも覚える。できなければどうしたらいいかということを考える。厚焼き玉子も片手だけで焼けるようになる。やればできる。私にとっては、新鮮なうれしさだ。

そして、いよいよ入院の日が来る。手術は、翌朝の9時から全身麻酔で行われ、チタンの板を入れ、ボルトで留める。手術は4時間ほど掛かって無事終わる。

手術後は、すぐ次の日からリハビリが始まる。ずっと固定していたので、肩、肘が堅くなっている。運動をしないと動かなくなる。左手首の動きが本当に少ししか動かない。先生から言われたことは、右手がお手本であるということ。果たして、本当によくなるのだろうかと半信半疑で、わからない先々に不安がいっぱいだ。

また、手術後のむくみがなかなか引かない。1ヶ月位かかる人もいるそうだ。朝起きると、昨日は動いていたのに手がこわばって動かない。この朝の手のこわばりについては、手の骨折をした人がみんな通る道だと、退院後に通う行徳総合病院のリハビリの先生にも教えてもらう。なるほど、みんなが経験しているのだと納得する。

リハビリでは、手首を曲げることが一番の目標。これが何といっても痛い。でも我慢してやらないと、曲がらなくなってしまうのだ。練習方法としては、ラップの使い終わった芯を持って、左手首をねじるリハビリをする。家では、ちょうどいいラップの芯がなかったので、代わりに娘の手作りハンガーを利用する。このハンガーは、重い物を持てない私にとって、とても軽く、練習には役に立つ。同時に、自分自身で左手首をぎゅっと曲げるリハビリは、最初とても怖かったが、だんだん慣れてくると、痛くても右手でもう一押しすることができるようになる。自分でもここまでできるようになるとは思っていなかった。

握力も当然弱くなっていて、最初、ハンドグリップを握ることもできない。ハンドグリップは、手のひらや手の甲の細かい筋肉を鍛えるのにはとてもいいそうだ。閉じるときは早く、開くときはゆっくりやると力が付く。教えてもらったように、繰り返し練習する。2ヶ月を過ぎた頃、握力計で計ったら、左手は右手の60%ぐらいの力が戻ってきている。最初は、箸の重さまでしか持ってはいけないところから始まり、500mlのペットボトル位までの許可が出て、その後、今では少しずつ荷物も持ってもいいところまで回復している。

左手を骨折して、同じような経験をする人がたくさんいることを知る。気をつけなくてはいけないとしみじみ思う。ちょっとした怪我で生活が激変する。私の日常生活に対する考え方が少し深くなった。

最後にお世話になった先生方、助けてくれた家族や励ましてくださったたくさんの方々に心から感謝したい。